地域の生産現場から
試行錯誤を繰り返し、「酪農家が自宅で飲む牛乳の味」を再現/会津中央乳業(福島県会津坂下町)
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福島県会津坂下町で1948年に創業した会津中央乳業。高度経済成長期を経て価格競争の波にさらされながらも、独自の殺菌方法にこだわった「会津のべこの乳」で価値重視の経営に転換しました。地域に根ざし、近隣の酪農家との強い絆を大切にする同社の取り組みについて、専務の二瓶孝文さんに話を伺いました。

会津盆地の中央に位置する会津坂下町に本社工場を構える会津中央乳業。創業者で孝文さんの祖父、四郎さんが「鍋で沸かして瓶に詰めて、近隣の家庭に配達した」ところから始まったこの会社は、戦後の復興期から高度経済成長期を経て事業を拡大。現在、2代目社長を務める孝文さんの父親・孝也さんが会社を大きく発展させ、製品開発からパッケージデザイン、設備投資まで、会社の基盤を築き上げました。
「父は初代のつもりで経営しています。それぐらいパワーのある人です」と孝文さんは語ります。会社が成長を続ける一方で、大手メーカーとの価格競争は激しさを増していきました。「価格で戦っても、次はまた別の大手が来る。これでは生き残れない」。そんな危機感から誕生したのが、会津中央乳業の看板商品「会津のべこの乳」でした。


価格競争からの脱却——「会津のべこの乳」誕生
「会津のべこの乳」開発のきっかけは、酪農家が自宅で飲む牛乳の味でした。「酪農家さんのところに行くと、高温殺菌の機械なんて持っていない。鍋で沸かして飲むんです。その味が美味しいなと。それを製品として再現できないかと試行錯誤を重ねました」
一般的な牛乳の多くは130度で2秒間という超高温瞬間殺菌(UHT)で処理されます。大量生産に適したこの方法に対し、会津中央乳業が選んだのは85度で15分間という独自の保持式殺菌でした。「法律上の低温殺菌は63~65度で30分間ですが、私たちはその中間の温度を選びました。風味と甘みが残る、あの味を再現したかったんです」
この殺菌方法は一度に処理できる量が限られるため、大量生産には不向きです。しかし会津中央乳業は、当時の牛乳価格より1.3倍から1.4倍高い価格設定で市場に送り出しました。「価格競争ではなく、美味しいものを作って価値で勝負する。結果としてのブランド戦略でしたね」。この決断が、今日まで会社が続く礎となりました。


工場に並ぶ殺菌設備は、その経営方針を物語っています。プレート式の超高温殺菌装置の隣には、バッチ式の保持殺菌装置が設置されています。「鍋を二つ重ねたような構造で、中に牛乳を入れて外側を85度の蒸気で温めます。攪拌しながら15分間かけて殺菌するので、本当にひと鍋ずつしかできません」
さらに特筆すべきは、RO(逆浸透膜)設備です。乳脂肪分が高い特濃牛乳を作る際、一般的には脱脂粉乳やクリームを加えますが、会津中央乳業の「会津のべこの特濃 もうひとしぼり」は水分だけを抜いて濃縮します。「元々は他社技術をベースにOEMで運用していた設備でしたが、機会を得て譲り受けました。結果として、この技術と設備が地域に残ることになりました」

近隣の酪農家との強い絆
品質へのこだわりは、原料の管理体制にも表れています。会津中央乳業では、タンクローリー単位で生乳を管理しています。「狭いエリアで集乳できるのは、小さなメーカーだからこそ。トレーサビリティを確保し、酪農家さんごとの牛乳の特徴も把握できます」
主な集乳エリアは会津磐梯山を中心とする会津北部。会津の冷涼な気候は、牛にとって理想的な環境です。「寒い地域では美味しい牛乳ができるんです。冬、牛は越冬するために脂肪を蓄え、その脂肪分が牛乳にも反映されて濃厚な味わいになります。北海道の牛乳が美味しいのも同じ理由です」
酪農家との関係づくりにも力を入れています。孝文さんが会社に加わった当初、酪農家からは「自分たちの搾った生乳が、どこのメーカーのどの牛乳になったかわからない」という声がありました。しかし今では状況が変わりました。「会津地方の生乳はほとんどうちに入っています。自分が搾っている生乳が『会津のべこの乳』になっているという意識を持ってもらえています」と孝文さんは語ります。
その関係性を象徴するのが、毎年父の日に開催される「べこ乳マルシェ」です。「酪農家さん、メーカー、消費者をつなぐ橋渡しの役割を担いたい。年に1回、酪農家さんが前に出てくれる日があればと始めました」。イベントには約1,200人が参加し、子牛とのふれあい体験やバター作り体験などを通じて、牛乳が生まれる現場を体感できます。
「父の日に、父(ちち)と乳(ちち)をかけて開催するので、広告を打たなくても覚えてもらいやすい」と孝文さんは笑いますが、地域とのつながりを大切にする姿勢は一貫しています。年間約2,000人を受け入れる工場見学でも、同じ思いが込められています。
「一番伝えたいのは、価格ではなく価値で選んでほしいということです。測る物差しが値段しかないと、それで選ぶしかない。でも、産地が違えば味が違う、殺菌方法が違えば味が違う、そういういろんな物差しがあれば、それで測って自分に合ったものを選んでいただける。それが食の豊かさにつながると思うんです」


こうした考え方は、原料となる生乳を支える酪農の現場にも通じています。近隣の福田牧場では、フリーストール方式で牛を飼育。「繋ぎ牛舎よりも自由に動き回れる方が、牛のストレスも少ない」と福田牧場の福田正幸さん・祐子さんは語ります。北海道で学んだ飼育方法を取り入れ、牛の健康状態も観察しやすくなりました。「発情の兆候なども見つけやすい。行動を観察することで、早めに対処できます」
福田牧場も「べこ乳マルシェ」に参加し、子牛とのふれあい体験を提供しています。「保育園の子どもたちに餌やり体験をしてもらうと、最初は鼻をつまんでいた子が、帰る頃には餌だらけになって楽しんでいる。そういう変化を見るのがうれしいですね」。地域の子どもたちに、命と食のつながりを伝える大切な機会となっています。


会津のアンカー企業として
会津中央乳業の経営を語る上で欠かせないのが、東日本大震災の経験です。原発事故による風評被害で、福島県産というだけで流通が止まりました。「パッケージから『会津』の表記を全部削らないと、お客様に手に取ってもらえない。事業を継続できない状況でした」。会津という地域への誇りを商品名から削らざるを得ない苦渋の決断を迫られながらも、孝文さんたちは会社を続けることを選びました。
現在、会津地方で乳業を営むのは2社のみ。千葉県と同じ面積に2社しかありません。「酪農家さんにとっても、うちがあることでやりがいを感じていただけているのではないかと思っています。だからこそ、会社は発展するのではなく永続しなくてはいけない」
孝文さんの言葉には、地域への強い責任感が滲みます。「地域にとって、この会社があってよかったと言ってもらえる会社でありたい。社員にとっては、ここで働いてよかった、子どもも一緒に働きたいと言ってくれる、そんな会社を目指しています」


新しい取り組みも始まっています。磐梯町にできたウイスキー蒸留所の搾りかすを牛の餌にし、その牛乳だけでチーズを作る循環型農業プロジェクトです。「人間が食べられないものを牛が食べて、人間が食べられる牛乳やチーズになる。それが酪農の基本的な哲学です。商売にはならないかもしれませんが、一番理想的な形だと思います」
価格競争から価値重視へ、大量生産から品質重視へ。会津中央乳業の歩みは、地域に根ざした食の在り方を問い続けてきた歴史でもあります。「会津が好きですし、この会津に収まってちょうどよかった」と語る孝文さん。会津の地で、酪農家とともに、これからも美味しい牛乳を作り続けていきます。
文/倉持佑次 写真/福田啓道




