わたしと牛乳
牛乳は暮らしに寄り添う“伴走者”──乳和食を生んだ30年の対話/料理家・小山浩子さん
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ひと口の牛乳にも、物語がある。牛乳を愛し、魅力を伝えている“ミルクインフルエンサー”たちが語る牛乳愛。1杯の牛乳の向こうに広がる、味わい・出会い・ストーリーとは──。第4回は、牛乳と30年以上向き合い続け、「乳和食」という日本の伝統的な食文化である和食に牛乳を融合させ、「出汁(だし)」として料理に使用する日本独自の新たな牛乳の利用方法を生み出した料理家で管理栄養士の小山浩子さんが、牛乳との歩みを語ってくれました。

誰も見たことのない、ミルクレシピを求めて
日々の食卓に、無理なく、そしておいしく牛乳を取り入れる——そんな発想から生まれた「乳和食」。開発者である小山さんは、日本人の味覚と暮らしに寄り添いながら、牛乳の新しい使い方を提案し続けてきました。大学卒業後、乳業メーカーに栄養士として就職したことが、小山さんと牛乳との本格的な出会いでした。
配属後まもなく任されたのは、ミルク料理の開発と出張料理教室の講師。年間5,000人もの参加者に向け、牛乳を使った料理を伝える仕事でした。
「ミルク料理といっても、当時知っていたのはグラタンとシチューくらい。レパートリーの引き出しもなく、当初は納得のいくレシピが作れず、苦労が続きました」
乳業メーカーに入社してから1年後、訪問先の管理栄養士からかけられた言葉が、小山さんの背中を押すことになります。
「『乳業メーカーに栄養士として就職できたことをチャンスと捉え、もっと専門性を活かした、誰も見たことがないミルク料理を考えなさい』と言われたんです。私にとっては、とても重たい言葉で……そこから本当の意味での試行錯誤が始まりました」
まずは基礎を固めるため、一流の料理人に料理を学ぶことからスタート。腕が上がるにつれ、自分らしい視点を、少しずつレシピに込められるようになっていったといいます。
試作と検証を重ねる中で、小山さんが改めて着目したのは牛乳の栄養価の高さでした。欧米のように、牛乳を日常的に料理で使う「食べる牛乳」を、日本でも広めたい──そう考えるようになりました。

「失敗」が導いた、乳和食という答え
ならば、日本人の食卓に並ぶ「和食」に牛乳を取り入れてみよう。そう考えたことが、乳和食への第一歩でした。
しかし、最初は失敗の連続だったといいます。
「ご飯を牛乳で炊くと艶がなくなり、おみそ汁に入れると牛乳の匂いがプーンとして、当時、料理教室に参加された生徒さんから『これはおみそ汁じゃないです』と言われました」
日常の中にミルクがある暮らしを届けたいという思いとは裏腹に、和食に牛乳を加えることで生まれる“違和感”。この壁を越えなければ、日常的な家庭料理への浸透はあり得ないと痛感したといいます。
転機となったのは、ある日試作していた「かぼちゃのミルクそぼろ煮」でした。
「牛乳は煮立ててはいけない」──そう教わってきた常識に反し、うっかり煮立ててしまった牛乳。分離してしまった鍋を前に、「失敗した」と思いながらも、「まあ、いいか」とそのまま煮続けたといいます。
すると、驚くほどおいしい一皿が出来上がりました。
牛乳の色や匂いは消え、分離した牛乳はチーズのようになって鶏そぼろと絡み合い、和食として自然になじむ味わいに仕上がっていたのです。「実際に料理教室で試食した生徒さんからは、『私たちが求めていたミルク料理はこれです!』という声が上がりました。自宅でも作ってくれる方が多く、『娘のお弁当に入れた』『牛乳が苦手な夫がおいしいって食べてくれた』など、これまでにない反響がありました」
この経験をきっかけに小山さんは、牛乳がその和食料理から想像される風味の邪魔をせず、和食として見た目にも違和感がなく、毎日の食卓で続けられる、そんな条件を満たす料理を追求していきます。
こうして「乳和食」という、新しい牛乳を出汁として利用するスタイルの和食が確立されていきました。


レシピはこちら:かぼちゃのほったらかし煮/Jミルク
高栄養で減塩できる牛乳のチカラ
乳和食のレパートリーが増えるにつれ、小山さんはあることに気づきました。
それは、牛乳が持つコクや甘みによって、調味料の量を自然と減らせるということ。
「和食は健康的な食事として知られていますが、一方で塩分過多になりがちです。栄養の宝庫と言われる牛乳を取り入れることで、高栄養で、かつ減塩でき、世代を超えて食生活を改善できることに気づきました」
乳和食を取り入れた生徒さんから、「風邪をひきにくくなった」「疲れがたまりにくくなった」「階段を元気に上れるようになった」といった声を聞くたび、毎日続けられる形でレシピを提案してきたことに、喜びを感じるといいます。

乳和食づくりで小山さんが何よりこだわっているのは、「牛乳の量」。量によって味が変わるため、料理ごとに最適な牛乳量を見極める、その研究は今も続いています。「牛乳は奥が深い。30年付き合ってきて、ようやく牛乳と“対話”できるようになった気がします。鍋の中のちょっとした変化が、メッセージとして伝わってくるんです」
これまで、ごはんは牛乳の風味が前面に出ないように、牛乳から一度、ホエイ(ホエー)※1を作り、炊飯する「ホエイごはん」だったのですが、最近では牛乳そのままでも違和感なく、ごはんが炊ける「ミルクご飯」や、ひき肉を使わず材料を減らすことができる「かぼちゃのほったらかし煮」など、時代や暮らしに寄り添ったレシピへと、乳和食は進化を続けています。
※1 牛乳から乳脂肪や乳たんぱく質の一種のカゼインを取り除いた半透明の液体。


レシピはこちら:チーズができる基本のミルクごはん3種/Jミルク
牛乳は人生の伴走者
これまでに教えてきた生徒は7万人を超え、現在も全国各地でミルクレシピを伝え続けています。全国47都道府県を巡り、各地の牛乳にも触れる中で、地域ごとに異なる味わいや個性にも、強い関心を寄せています。
「北海道・十勝のある牛乳はホエイが白かったのです。理由を聞くと、牛が飼料米を食べているからだと。みかんを食べていた和歌山の牛の牛乳はほんのり緑色で、安納芋を食べていた種子島の牛の牛乳は甘みが強い。牛乳って工場で作られたものではなく、牛さんが食べたもの、飲んだもの、吸った空気からできた“生きた飲み物”だと実感しています」
牛乳レシピの開発を始めて30年。小山さんにとって、牛乳は単なる食材ではありません。
「牛乳は“伴走者”ですね。大変な時もそばにいて『頑張ろう』って背中を押してくれる存在です」
日々の食卓に、確かな変化をもたらす牛乳。その力をこれからも丁寧に伝えていきたい──。小山さんの歩みは、今日も牛乳とともに続いています。
文/谷岡碧 写真/松田麻樹
小山浩子(こやま・ひろこ)




